史上最低の教師?

いじめ、教師の言動影響「自殺の誘因」 福岡の中2自殺
2006年10月16日01時20分
 福岡県筑前町の中学2年の男子生徒(13)が、いじめを受けたという遺書を残して自殺した問題で、1年生の時の担任教諭が生徒に対し、不適切な言動を繰り返していたことがわかった。生徒の両親が「教諭からいじめを受けていたのではないか」とただし、町教委や学校側が15日、認めた。校長は同夜、記者会見し、教諭の言動について「自殺の誘因になったと思うが、主因かどうかはわからない」との見方を示した。

 生徒の両親は、14、15両日、自宅を訪れた三輪中学校の合谷智校長やこの教諭らとの話し合いを記者団に公開。この中で、両親は同級生らから聞いたという教諭の過去の言動を示しながら、事実かどうか問いつめた。

 両親によると、1年生の1学期に、生徒がインターネットのサイトを繰り返し見ていると母親が教諭に相談。その後、その相談内容が同級生らに漏れ、それにちなんだあだ名がつけられた。生徒はあだ名で呼ばれるようになったことを嫌がり、「学校に行きたくない」と訴えるようになったという。両親は、相談内容を教諭が漏らしたと指摘した。

 また、教諭は友人が落とした文具を拾ってあげた生徒を「偽善者にもなれない偽善者」と呼んだという。生徒が2年に進級する際に担任が代わったが、新たな担任に対し、「この子はうそをつく子だ」と申し送りをしたとしている。

 ほかの生徒に対しても、漢字を書かせる際に、太った生徒には「『豚』が似合う」と言ったり、忘れ物をした生徒を教室にある花瓶でたたいたりといった行為があったのではないかと問いつめた。

 これに対し、教諭は相談内容を漏らしたことや「偽善者」という発言、「うそをつく子」という申し送りなどについて、「はい」などと答えて認めた。亡くなった生徒を集中的にいじめたのではないかと問いつめられたのに対しても、これを認め、その理由について「からかいやすいというのはありました」と説明した。教諭は話し合いの後、記者団に「一生かけて償います」と話した。

 合谷校長は席上、「そのこと(教諭の発言)が自殺につながった。一番大きな引き金になった。子どもたちの一連のいじめも実際にはあったが、大本となった」と謝罪した。同夜の会見では「教諭の言動で、その子が周りから見られる人間像が作られた。そのことによっていじめが生まれ、自殺に至ったと考えている」と語った。

 この問題では、自殺当日の11日、生徒が「死にたい」と漏らしたのに対し、同級生らが「本気なら下腹部を見せろ」などといい、ズボンを脱がせようとしたことなどがわかっている。

[asahi.com]

これまで,「教師が子供同士の中でおこっている『いじめ』に気付くことができず,いじめの対象となっていた子供が自殺」,というケースはかなりの件数が確認されていますが,「教師が率先して特定の子供をいじめていて,結果,自殺に至る」というケースはこれが初めてでは?

この教員が何歳なのかは記事から知る事は出来ませんが,何歳であろうと,親からのプライベートな相談を無関係な子供たちに暴露する,という行為は人間としても,教員としても最低だよな.親は教員という職業に就いている人間を「信頼して」相談しているわけだから.

教員は地方公務員の中で特別法によって比較的高い給与が保障されている職業.それは「優秀な人材を獲得するため」という目的があってのことなんですが,個人的に,教育分野に限って言えば.いくら採用試験の成績がトップでも,「優秀な人材」とは言えないと思います.ほぼ同等の知識を持っている二人の人間を比べた際,より「人格者」に近い人間のほうが「優秀」であると判断されて,採用されるべきでしょう.
この辺りの教育における諸事情を理解していない地方自治体の採用担当者は,どうしてもペーパーテストの成績だけに着目して,その合否を決定しがちなのでは無いでしょうか.採用試験の一環として、当然,面接試驗も実施していますが,ペーパーテストで優秀な成績を取るような人間であれば、それなりに教育学も勉強しているわけで、「教育の理想」くらいの御託を並べることは屁でもありません。ですから,その教員候補者の人格的な部分までを1回きりの面接試験で推察することは困難であると言えます.結果,今回のこの教師の口から出てきた言葉を借りれば,「金に目が眩んだ偽善者(それなりに頭はいい)」という人間が教員の中で多数を占める(すでに占めている?)可能性も否定出来ません.

今回の事件におけるこの教員は,少なくても「人格者」ではありません.そして,教員としても不適格者であることは間違いありません.同時にそんな教員を採用,雇用継続していた自治体にもその責はあると考えられると個人的に考えますが,奈何?

今現在,教員免許に有効期限を設けよう,とか,給与面の優遇措置をどうする?といった制度改正案が議論されていて,安倍新内閣も教育改革を遂行する,とのたまっていますが,教員の給与面のみに着目するのではなく,教員を採用,雇用継続する際に応募者,既存教員の人格的な部分も何らかの形で評価する制度を取り入れるべきではないか,と考えさせられた事件でした.
(追記)
他社の新聞記事によると,この教員,学年主任だったようです.よって,それなりに年齢の高い,40〜50代の教員とみて差し支えないでしょう.私の仮定が正しいとすれば,「でもしか教師」確定ですな.
(更に追記)
この事件の続報によると,この学年主任,47歳だそうです.人格的に問題のあるこの教師が学年主任になっている,ということは,(人事考課の管掌が地方自治体の教育委員会なのか,校長・教頭にあるのかは解りませんが)人事考課の基準が「年齢」に依存した年功序列システムである,ということを象徴している気がしてなりません.